グラミン銀行とムハマド・ユヌス氏ノーベル平和賞受賞

今年のノーベル平和賞の受賞者がグラミン銀行ムハマド・ユヌス氏に決定された。ムハマド・ユヌス氏が設立したグラミン銀行マイクロファイナンスもしくはマイクロクレジットと呼ばれる分野を創始し、その社会的貢献が認められた。

マイクロクレジットは、従来型金融機関が対象としていなかった担保を持たない貧困層の女性に事業性資金への融資を行う仕組みだ。自助グループを作り上げて、相互に連帯保証をつけ、そのグループ内で相互助言やモチベーションを高めあう機構を作り上げることで、貧困層に対する融資であるにも関わらず驚異的な回収率を実現した。

私が非常に感銘を受ける点は、ユヌス氏の貸付や支援に対する哲学の部分だ。ユヌス氏のグラミン銀行は、慈善事業ではなく営利企業なのだ。この点に対して誤解が多いことが本当に残念に思う。

グラミン銀行の考え方では、本来あるべき利率よりも低利で貸し付けを行うことをよくないことだ。ましてや無利子や援助金の形にするのは最悪だ。正当な利子があって、そしてそれによって返さなければいけないというプレッシャーを持たせることによって、人はより賢明にはたらくことができる。その力がより経済を発展させる。

この世界には慈善団体的なマイクロファイナンスを要求する団体も存在するし、実際に慈善事業的な条件でのマイクロファイナンスを行っている団体もある。しかしながら、それは持続可能性を犠牲にしており、実際に破綻している例も多い。

融資は事業性資金に限定し、そして積極的に貸し出し努力をしているという点も高く評価したい。これによって融資を受けた女性たちは収入源を得られ、女性の地位向上につながっている。自分の収入源を持つことで積極的に社会参加できる。

資金を調達し自らの創意工夫と日々の努力によって高い収益源を作り出すというスキームは、現代資本主義の非常に重要な構造だ。しかしながら、この構造は高利貸しによって悩まされてきた教育も受けていない貧しい女性には理解してもらいにくいだろう。

この問題を解決するために、グラミン銀行ではまず自助グループを作らせ、積極的に啓蒙活動を行っている。この啓蒙活動は優れた試みだ。貧困層に融資を行っている点よりも、この自助グループを作り啓蒙活動を行っていることの方がはるかに重要な点だ。このためのプロモーター、コーディネータ、コンサルタントがやっている内容こそが真の援助だ。

そして、さらに素晴らしい点はこれらの役割を多くの卒業生、つまり過去にマイクロファイナンス事業を行って、貧困な生活から脱却した人々がその役割を果たしているという点だ。
マイクロファイナンス事業を通して、貧困にあえいでいた女性たちは自分のコミュニティへの強い愛着心そして、自信、責任感を得る。周囲の人物から敬意を払われていると感じることができる。その体験があることで、彼女たちはより共感できるストーリーを語ることができる。貧困の中に今いる自分と同じように貧困の中にいた女性が、収入を得ることができ、自立できていくというストーリーだ。このようなストーリーを直接目を輝かせながら聞くことが契機になって多くの女性は貧困から脱却していく。少し批判的になるが、先進国主導の慈善団体の多くは、貧しい人が共感できるストーリーを作り出すということに失敗している例が多いと感じる。

マイクロファイナンス事業では借金を返済可能な人物かどうかの判断を貸し手から自助グループに移している点も面白い。借金を返済しそうにない人物は自助グループに最初から入れてもらえない。借金返済は連帯責任であり、適切な人物を選ばないと、自分が困るからだ。このような周りの人に仲間に入れてもらえる人物かどうかで判断するという方法は、人物を見て返済可能かどうかを判断するという仕事を可能にする非常に適切な方法だろう。

このマイクロファイナンス事業もこのノーベル平和賞受賞によって注目されていくだろう。そして、私の願いとしては現在この事業が岐路にあるということも知られていって欲しい。

貧しい女性たちに収入を与え、自信を持ち自立できることを助ける事業というのは慈善団体のように勘違いされがちだ。しかしそれは先ほども述べたようにそうではなく、グラミン銀行は営利事業を行っており、実際かなりの利益が得られている。

そして、かなりの利益が得られるということが知れ渡るとともにマイクロファイナンスは過当競争になっている。例えばインドには500もの機関があり、小規模事業者がひしめいて破綻したり、実際には高利貸のような業務を行っていたりしている。

今後は、マイクロファイナンス事業は大規模資本によって広範な地域に展開され、組織的な事業として行われることになるだろう。その結果、より効率的でより安定した事業体へと変化していくはずだ。そして非効率であったり、悪徳であったりするマイクロファイナンス機関は淘汰されていくと予測する。

例えばインドにおいて、マイクロクレジットの分野において確固とした地位を築いていたマドゥラ銀行と、ICICI銀行が合併した。現在その ICICI 銀行はインド第二の銀行となり、その総資産は1兆ルピーを誇る。すでにインドの経済において、マイクロクレジットは無視できる存在ではない。

他にマイクロファイナンス事業は、先ほど述べたような貸付・融資に限定されるのではなく、保険や貯蓄、送金、決済、ATM による現金引き出しのような金融機関が行う業務全般に拡大されていくだろう。実際そのような例もいくつかすでにある。先ほど触れた ICICI 銀行はこれら業務にすでに取り組んでいる。他に移動型ATM を巡回させるようなサービスや旱魃保険(天候デリバティブの一種)なども登場してきている。このように業務を拡大していくということは当然あるべきだと私は思うのだが、マイクロファイナンスに対して慈善団体的な資金供与を連想する人から見ると、違和感を覚えるかもしれない。

この記事の最後に日本におけるマイクロファイナンスに触れておこう。

日本でのマイクロファイナンスの事業チャンスは大いにあるだろう。担保となる資産を持たない起業家同士の自助グループを作り上げ、それらに相互に連帯保証を組ませつつグループ全体に対して無担保で融資するというスキームになる。金融機関は、起業家へのコンサル的な面などでも利益を期待することもできる。

しかしながら、このスキームで銀行が貸し出しを行うことは実際にはかなり難しい。理由は、マイクロファイナンスは無担保による融資であるので、破綻懸念先に分類される点にある。破綻懸念先への融資が増せば、金融機関は引当金を積みます必要がある。余裕のない金融機関は撤退せざるをえない。

実際に、市民バンクというマイクロファイナンスの試みがあり発展していたのだが、先の問題によって発展が難しくなってしまった。無担保での融資による起業への道が1つ閉ざされたということで、残念でならない。