世界秩序の変曲点のアメリカ(2)

金曜は、米国の雇用統計の発表があった。

雇用統計の結果が悪かったため、これが景気後退かどうかの議論が再燃しているようだ。懐かしい引用句をここで持ち出すと、「景気後退とは、あなたの隣人が失業するとき。不況とは、あなた自身が失業するとき。そして景気回復とは、ジミー・カーターが失職するときだ」

私は景気後退が進みつつある状況にあるということを確信しているが、それがどれくらいの規模かということについては、まだ見当をつけられていない。

今後の国際経済がどのように進むかを考えていると一つの重要な問いに答えなければいけないことがわかる。その問いとは、アメリカが最後の消費者そして世界唯一のスーパーパワーとして君臨する世界から、多極的で世界各地が発展し消費が行われるような世界に大きな摩擦なく転換できるかどうかということだ。

アメリカドルは近い将来没落し、ユーロを中心とするドル以外の通貨で多極的に国際金融市場が発展するであろう。しかしながら、この過程ではいくつかの重要な障害物を乗り越える必要がある。

まず一つ目は、ドルと連動した国・地域が多いことだ。アメリカとの貿易が大きなウェイトを占めていた時代はその政策は正当性があった。しかし、これからアメリカとの貿易のウェイトは比較的低下し発展する近隣地域との間の貿易のウェイトが増加する。これはアジアにおいて顕著であり、そしてヨーロッパや中東のような地域においても同様であろう。そのように貿易構造が変化する過程でアメリカと通貨価値が連動していることは正当性が失われるだろう。

しかし、ドルとの連動をどのように扱うかという政策的な判断は、このような大局的な観点では行われないだろう。それは、大統領選挙での政争の具としてどう有利かということや、アメリカからの圧力に従うことがメンツが潰れると見なされるかどうかという判断で行われるだろう。

しかし、国際経済の多極化という流れを円滑に進めることは現在進行中の混乱を早期に収拾するために必要だ。

ドルが重要な理由はドルが基軸通貨であり、決済で使われ、準備通貨として蓄えられていることだ。まず、決済に使われる通貨がドルでなくなる必要がある。しかし、各国の確執がある中、決済通貨として何が良いかということの政治的判断は難しい。

おそらくこれからは中南米地域、中東地域、東アジア地域などを中心とした新たな決済通貨が必要とされるだろう。しかし、それをたとえばユーロのような硬貨・紙幣を持つハードな通貨を作り出すのか、仮想的なバスケット通貨のようなものにするのか、割合はどのようにするのかなど調整事項は多い。

この調整はユーロでもそうであったが簡単ではないだろう。

なお、このシナリオが成功するための前提として、統合された通貨の先輩格であるユーロが安定した基軸通貨の地位に誇りを持ち、尊敬されるような存在である必要がある。現在の状態が維持されれば特に問題はないだろう。しかしながら、今回の経済的混乱でヨーロッパ諸国がこうむった被害はアメリカに比して少ないとはとてもいえない。特に不動産バブルに関していえば、東ヨーロッパ諸国やイベリア半島等では「池の中で鯨が暴れまわる」と揶揄されるほど不動産価格の上昇は激しかった。

その中で経済混乱から回復するためにユーロによる中央集権的な経済政策から抜け出して、一国だけでも景気回復を図りたいと考える勢力は必ず出てくる。それを退けられるような強力なリーダーシップを持つことができるか、そしてヨーロッパ市民たちが自分たちの通貨への誇りを持ち続けられるかどうかが重要となる。

次に乗り越えなければいけない障害は、経済後退時に他国にその原因を求めようとする政治的ポピュリズムに毒されないことだ。これは、中国において一番起こりそうなシナリオだ。中国と台湾との確執は今までもあったわけだが、北京オリンピック後に訪れるであろう深刻な経済混乱の状態下で、それを致命的なほどに広げようとする政治的圧力は十分にありうる。

なお、別の議論かもしれないが、今まで基軸通貨国の変更というのは数多くあった。ヴェネツィアからスペイン。スペインからオランダ。オランダからイギリス。イギリスからアメリカと変遷してきた。そして、基軸通貨国の変更時に必ず共通点がある。それは基軸通貨の変更時には戦争があったということだ。特にもっとも最近の例であるイギリスからアメリカへの基軸通貨国の変更時には、第一次世界大戦第二次世界大戦という2回の世界大戦を経なければいけなかった。このような事例をもう一度繰り返すことは相互依存を強めた現代では受け入れがたい。

最後に存在する主な障害は、多極化されたそれぞれの極が共同体意識を持つことだろう。たとえば、中東のイスラムという共通点を持った極は成立しやすい。しかし東アジアに代表されるような地域では、経済面での相互依存を強めたとしても、過去の歴史的経緯の問題を政治的に扱いすぎたために政治主導者が協調路線に転換を進めようとしてもうまくいかない可能性が高い。そもそも、国内での支持者からの要請に答えることやや政治的基盤の維持が国際秩序の安定よりも優先順位が高い問題として扱われる歴史はこれまで幾度も繰り返してきている。